永遠のラストマッチ

「これ、ラストね」
両手でコントローラーを握ったまま、Mは言った。
 
テレビ画面には「loading...」という文字が流れている。
ゲーム機がディスクを読み込む無機質な音が部屋に響く。
一瞬の静寂が部屋を包み、やがて画面が明るくなる。
両チームの選手たちが、ピッチに出てくる。
 
「さあ、キックオフです!」
 
ジョン・カビラの威勢の良い声が響き渡った。
いよいよ、今宵のラストマッチがはじまる。
 
スタンドからはファンの歓声が聞こえる。
僕は今一度、両手でコントローラーを強く握り直す。
両手は既に、少し汗ばんでいる。
 
「ぶっ殺してやる」
思わず心の声が漏れた。
 
強気な言葉とは裏腹に、前の試合で0-4と惨敗した残像がまだ脳裏に焼き付いている。
僕は静かに目を閉じ、呼吸を整える。
自分の脳内イメージを、少しずつ刷新していく。
時計の針は午前3時を回っている。
 
「返り討ちにしてやるぜ」
Mが不穏に呟く。
 
僕は何も言わずに目を開き、再び画面を見る。
既に選手たちはピッチに立ち、ボールはセンターラインに置かれている。
「よし」と心の中で呟き、親指でBボタンを押す。
 
「今、試合がはじまりました!」
 
まずはいつも通り、ボールを自軍のディフェンスラインに送る。
ゆっくりとパスを回しながら、オフェンスの体勢を整える。
すかさずMが前線の選手たちを動かし、猛烈なチャージをかけてくる。
メッシの激しいスライディングに、こちらの選手が倒される。
早くもメッシにイエローカードが出される。
 
「ふぅ」
 
Mは余裕綽々の表情を浮かべる。
いきなり猛チャージを受けたこちらの動揺を察したのか、ニヤリと笑う。
僕は平静を装い、一呼吸置いてから再びボールを回し始める。
 
次の瞬間、先ほどイエローカードを食らったばかりのメッシが鮮やかにパスをカットし、ボールを奪った。
 
「し、しまった!」
 
一瞬の隙をつかれ、心拍数が一気に高まる。
ボールを持ったメッシが、こちらのゴールに向かって爆走してくる。
速い、速すぎる。
ディフェンスが全く追いつかない。
何とかドリブルを止めようと決死のスライディングを試みるも、届かない。
メッシはスピードを緩めず、ゴールに向かって突っ走る。
残るはゴールキーパーのみ。
 
「う、うあああああぁぁぁぁ!!!」
 
僕は思わず、奇声を発していた。
Mは一瞬動揺した素振りを見せたが、メッシのドリブルは止まらない。
いよいよゴールキーパーと1対1になった。
 
「やめろお!やめろおおおぉぉぉぉ!!」
 
僕の悲痛な叫びを無視し、メッシはキーパーを軽く交わして、ボールをゴールネットに突き刺した。
 
「ゴォォォォォール!!!バルセロナ、先制です!!!」
 
カビラの絶叫が、部屋に虚しく響く。
ゴールを決めて喜ぶメッシと、祝福するチームメイトたち。
画面ではゴールシーンのリプレイが、スローモーションが流れている。
その光景を、うっとりと満悦そうな表情で眺めるM。
 
「ぶ、ぶっ殺してやる…」
 
僕は体内から沸き上がる殺意を、抑えきれずにいた。
もう、こざかしい小細工は必要ない。
徹底的なオフェンスで、攻めて攻めて攻めまくってやる。
相手に攻撃の隙を与えないくらい、徹底して攻めまくってやる。
 
5分後、メッシが素早いカウンターからこの日2点目のゴールを決めた。
 
またもリプレイに浸っているMの横で、僕はもはや戦意を喪失していた。
前半6分で0-2というスコアに、打ち拉がれていた。
そして、あらぬ考えが頭をよぎった。
 
「メッシを殺そう」
 
もはや試合のスコアなど、どうでも良かった。
ただ、何もかもがMの思い通りに進むことだけが、気に食わなかった。
Mに満足なプレーをさせたくない、という思いだけが残った。
 
試合再開後、中盤でボールを持ったメッシにすかさず、背後からスライディングを仕掛けた。
 
「ちょ、おま…!」
 
Mが思わず声を漏らす。
審判がピーっと笛を吹く。
スライディングをした選手はレッドカードで一発退場。
 
「おっと?メッシ、足を引きずっています」
 
カビラが神妙な声で、メッシの負傷を告げる。
Mのコントローラーを持つ手が、静かに震えている。
 
「き、貴様…」
 
僕はニヤリと笑う。
Mがメッシを交代させ、控えのフォワードを投入する。
レッドカードによりこちらの選手は10人、もはや勝ち目はない。
だが、これでいいのだ。
 
その後、Mはメッシ抜きの布陣で猛攻を仕掛け、さらに4得点。
もはや僕に、ディフェンスをする気力は残っていなかった。
 
「ピーッ!試合終了!バルセロナ、6-0で圧勝です!」
 
Mと僕はコントローラーを置き、画面に映るゲームハイライトを無言で見つめる。
バルセロナの選手たちが、次々とゴールを決めていくシーン。
部屋には何とも重苦しい、気怠い空気が流れていた。
 
「ハルくん、もうムリだよ。これ以上やっても勝てないよ」
 
Mがベッドの上に肘をつきながら、呟いた。
僕は何も答えず、しばらく目を瞑った後、ゆっくりと体を起こした。
そして、再びコントローラーを手に取った。
 
「次、ラストね」
 
Mは何も答えず、しばらく目を瞑った後、ゆっくりと体を起こした。
そして、再びコントローラーを手に取った。
 
「本当にラストな」
 
僕らはそれ以上の言葉を交わさず、目も合わせず、再び画面に向かった。
いよいよ、今宵のラストマッチがはじまる。