高城剛プロデュースの電子書籍レーベル「未来文庫」に感じる、大手出版社へのカウンター精神


作家としても精力的に活動しているクリエイターの高城剛氏が、新たに電子書籍のレーベルを立ち上げた。その名も「未来文庫」だ。

レーベルの第1弾作品は、高城氏自身が執筆した『多動日記』。自らを「多動症」と称する高城氏が、世界中を旅しながら考えたことが綴られている。サブタイトルの「健康と平和」は、トルストイの名作『戦争と平和』のパロディだろうか?敢えて昔ながらの文庫本っぽくした表紙のデザインも、ユーモアを感じさせる。

 

キンドル大ヒットシリーズ「黒本」に続く、大手出版社から「タイトルも中身も差別的である」という理由から出版を断らた一冊が、電子だけで登場。
大手出版社は「もし、本書を出したいなら、診断書を提出しろ」と高城に迫りました。
果たして、どちらが差別的なのでしょうか。

 

高城氏は自身のメールマガジンなどで常々、既存の大手出版社ビジネスの限界と、個人による電子出版の可能性について言及している。

多くの大手出版社のビジネスは現状、テレビと同じようなタレントビジネスになっている感がある。人気がある人、売れる著者の奪い合い合戦だ。新しい才能を発掘したり、新人作家を育てたりするような余裕のある出版社は、もうほとんどないだろう。確実に売れる人を抑え、売れる本を作る。それが大手出版社の基本的なビジネスになっている。

最近はツイッターなどSNSで人気を集めた人が、大手出版社から紙の本を出版するというのも珍しくない。しかし、それもあくまで既存の出版ビジネス、大手出版社のプラットフォームに乗っかっているに過ぎない。テレビで人気が出たタレントが本を出すのと同じように、インターネットで人気が出た人が本を出す。そこにはコンテンツビジネスの本質的な変化はないように思われる。

その点、過去に大手出版社から何冊も本を出しているにも関わらず、自ら「未来文庫」という新しい出版プラットフォームそのものを作ってしまった高城氏の取り組みは面白い。自分で作ったプラットフォームに、自分で作ったコンテンツを乗せていくのだ。

高城氏のように、コアなファン基盤を築き上げている人にとって、もはや出版社という仲介業者を通して本を出す必要はない。自分で出版社を作り、ファンに直接売ればいいのだ。インターネットは、こうしたコンテンツの直売を可能にした。

高城氏は今回、さらにユニークな仕掛けをもうひとつ用意していた。『多動日記』を発売後、今度はオリジナルTシャツ付きの『多動日記』を、新たに発売したのである。

 

 

高城氏曰く「(たぶん)世界初のTシャツ付きkindle書籍」とのことだ。

紙の本という実体がない電子書籍を買うと、Tシャツというモノがついてくる。女性誌の付録として、トートバッグが挟まっているようなノリで。こうなるともう、一体何にお金を払っているのか、よくわからなくなってくる。Tシャツ付きで1250円という価格設定も、何だか絶妙だ。安いのか高いのか、よくわからない。Tシャツとしては安い気がするし、電子書籍としては高い気がする。その「よくわからない」感じこそが、面白いとも言える。

既存の出版ビジネスにおいて、本の価格設定は極めて一律的だ。文庫本なら700円くらいで、ハードカバーなら1400円くらい。これは本の内容に関係なく、相場として大体決まっている感がある。読者も「大体こんなもんだ」と思って、本の価格を受け入れている。しかし、ハードカバーの本が1400円くらいでなければいけない理由は何だろうか?この価格設定は、本という商品の価値を反映しているのではなく、印刷代や流通、プロモーションコストなどから計算されたものであろう。つまり、出版社都合の価格設定である。

高城氏の「Tシャツ付き電子書籍、1250円」は、あたかも既存の出版ビジネスにおける価格設定を嘲笑うかのようだ。読者に対して「あなたは本を買うとき、何に対してお金を払ってるんですか?」と問いかけているようにも思える。

『多動日記』は前述の通り、高城氏が旅をしながら考えた様々なことを、エッセイのように綴った内容だ。エッセイ集のような見せ方もできそうな作品だが、あくまでも「日記」という体を取っている点も面白い。タイトルだけ読めば著者が言いたいことが大体わかるようなメッセージ性の強い本が巷に溢れる中で、敢えての「日記」である。決してキャッチーではないそのタイトルも、誰も彼もがキャッチーなものに食いつく昨今の風潮に対する、ちょっとしたカウンターのように思えてくる。

全体主義が蔓延るディストピアを描いたジョージ・オーウェルの『1984』は、主人公のウィンストン・スミスが部屋の片隅で日記を書きはじめるところから物語がはじまる。言論や表現の自由がなく、常に誰かに監視されているような社会において「日記を書く」という行為は、ある種の反社会性を持ったアクションなのかもしれない。1984』の世界では「日記を書く」という行為は犯罪だが、大手出版社に出版を拒否された『多動日記』にも通ずるところがある気がする。

高城氏は自身のメールマガジンにて、今後は「未来文庫」への作品を公募することも発表している。メルマガ読者の中には、既に作品を送っている人もいるらしい。「未来文庫」から今後、一体どんな作品が登場するのか、楽しみだ。